意見と抗議

高市早苗政調会長の発言に対する見解および抗議文
自民党のヘイトスピーチ規制PTでの高市早苗政調会長の発言に対する見解および抗議文
【見解】
自民党高市早苗政調会長は、世論の反発に驚き、取り敢えずは沈静化のために自説を曲げて発言を撤回したと考える。また一連の動きは、姑息にも世論の反応を見るための発言だった可能性も高く、想定内の対応だったとも受け取れる。
しかしどのようであっても、市民を舐めきった態度、差別に関して何とも思わない想像力の欠陥である本質は何ら変わらず、私たちは警戒心を持ち細心の注意を払い、政府、自民党の動きを見ていかなければならない。

以下に、高市早苗政調会長の発言に対する「のりこえねっと」としての抗議文を記す。

【抗議文】
自由民主党 政務調査会長
高市 早苗 殿

当団体は、在日コリアンをはじめとするマイノリティを迫害し、日本社会に深刻な人権侵害状況をもたらしているヘイトスピーチとレイシズムに反対する目的で、2013年に結成されました。
当団体も微力を尽くすことによって、今般、ようやくヘイトスピーチを規制する立法措置が検討され始める状況となりましたが、先月28日の東京新聞夕刊は、貴党が、ヘイトスピーチへの対策を検討するプロジェトチームの初会合を開き、国会周辺での街宣やデモに対する規制も併せ議論する方針を確認したとして、次のとおり報道しています。

高市早苗政調会長は「仕事にならない状況がある。仕事が出来る環境を確保しなければいけない。批判を恐れず、議論を進める」と述べた。警察庁の担当者は国会周辺での拡声機の使用を規制する静穏保持法に基づく摘発が年間1件程度との現状を説明した。

貴殿がこの報道のとおり発言したとすれば、到底看過できるものではありません。ヘイトスピーチは、その本質からして「差別扇動」と訳されるべき人権侵害行為そのものであり、表現の自由としての保障を受け得る性質のものではありません。このことは、本年7月の国連人権規約委員会及びつい先日の国連人種差別撤廃委員会においても繰り返し指摘されているとおりであり、現在の国際人権の水準はヘイトスピーチを容認するものではありません。
こうした人権侵害行為の規制にあたって、他の表現行為、とりわけ立法機関・行政機関等への街宣やデモを同列に規制しようとする貴殿の発言は、与党の最高幹部として甚だ見識に欠けるばかりか、今般の状況を悪用して政府与党への抗議活動を抑圧する卑劣な意図を露わにしたものであり、当団体は強く抗議します。

上記の報道にある、国会周辺の街宣やデモとは、政府の原発政策や集団的自衛権の容認に抗議して、現在、盛んに行われている抗議活動を念頭に置いたものであることは明らかでしょう。日本社会に生きる者らの生命や身体が危機に瀕することに抗議するこうした表現行為こそは、日本国憲法が保障する表現の自由の核心にあたるものであるのにかかわらず、ヘイトスピーチ規制に併せてこれらをも規制の対象にすると発言して憚らないのは、基本的人権と民主主義への挑戦と呼ぶべきことです。
さらに危惧される点について、前記した国連人種差別撤廃委員会の総括所見は、次のように述べています。

委員会は人種主義的ヘイトスピーチを監視し闘うための措置が抗議の表明を抑制する口実として使われてはならないことを想起する。しかしながら、委員会は締約国(日本)に、人種主義的ヘイトスピーチ及びヘイトクライムからの防御の必要ある脆弱な立場におかれた集団の権利を守ることの重要性を思い起こすよう促す。

このように、国連人種差別撤廃委員会は、ヘイトスピーチ規制措置がこれに抗議する言論やマイノリティ集団の抗議活動を抑圧することをすでにして危惧しています。しかるに貴殿の発言は、この危惧が杞憂でないことを物語っています。人権侵害の防止に名を借りて、抑圧と差別への抗議活動を弾圧する底意を、貴殿の発言の裡に見ないわけにはいきません。
いまだ跳梁跋扈するヘイトスピーチを指弾する声は、すでに世界に拡がっており、これを打ち消すためには、邪な意図を排し、民主主義と基本的人権の精神に依拠しつつ、ヘイトスピーチを峻厳に規制する立法を一刻も早く実現するほかにありません。

2014年9月2日
国連人種差別撤廃委員会勧告に関するのりこえねっとアピール
去る2014年8月20-21日、ジュネーヴで開催された第85会期国連人種差別撤廃委員会において日本政府の報告書審査が行われた。審査に基づき、委員会は8月29日に総括所見を公表、日本が抱える様々な人種差別に関する課題について、厳しい勧告がなされた。
総括所見のなかで、委員会は、包括的な人種差別禁止法の制定(パラグラフ8)、刑罰規定の改正による条約4条の履行(パラグラフ10)と共に、ヘイトスピーチとヘイトクライムに関するパラグラフ11において、下記のような勧告を日本国に対して行っている。

「人種主義的ヘイトスピーチとの闘いに関する一般的勧告35(2013年) を想起しつつ、委員会は人種主義的スピーチを監視し闘うための措置が抗議の表明を抑制する口実として使われてはならないことを想起する。しかしながら、委員会は締約国(日本)に、人種主義的ヘイトスピーチ及びヘイトクライムからの防御の必要のある脆弱な立場におかれた集団の権利を守ることの重要性を思い起こすよう促す。」

ヘイトスピーチ及びヘイトクライムが許されないのは、まず何よりもそれが人種差別として「脆弱な立場におかれた集団の権利」が侵害されるからであり、ヘイトスピーチやヘイトクライムを決して「騒音」や「品位」の問題に矮小化してはならない。
そのうえで、ヘイトスピーチ及びヘイトクライムは、ただマイノリティを害するだけではなく、この社会の公正性を著しく毀損するものであるから許されない、ということも想起しておきたい。
言論の自由の問題に限っても、ヘイトスピーチやヘイトクライムが放置され看過されるとき、ヘイトの対象となるマイノリティの言論の自由は侵害されるがままである。そればかりか、マジョリティによる出版言論の自由、営利的表現の自由、そしてヘイトスピーチに抗議する言論の自由もヘイトにおもねるかたちで萎縮し、社会における言論の自由総体が結果的に萎縮することとなる。
日本国政府は審査の場において、日本国が「中立」を指向していることを再三述べていた。しかし、ヘイトを行う者とヘイトを投げかけられるマイノリティ当事者の間で「中立」なる立場は存在しえない。また、ヘイトを行う者とそれに抗議する者との間でも、「中立」なる立場は存在しえない。日本国政府が、そして私たちが指向し実現すべきは、「中立」ではなく「公正」である。
人種差別が許されないものとして禁止され、人種差別の発露として現れるヘイトスピーチやヘイトクライムが法規範あるいは市民的自由の行使により掣肘されることによってはじめて、私たちが住む近代社会の公正性は担保されるのである(社会における公正性が実現された場合に、誰かが社会の一員として「誇り」や「プライド」を抱くというのであれば、それはそれで私たちの問題とするところではない。)。

私たちは、日本国政府が今回の人種差別撤廃委員会による勧告に従うとともに、国権の最高機関たる国会が、包括的な人種差別禁止法に加えてヘイトスピーチ規制立法の措置をとることを求める。
私たちは、この勧告を歓迎し、ヘイトスピーチとレイシズムをのりこえ、公正な社会を実現するための運動を一層強力に推し進めるものである。